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櫛ケ浜やぎの日記

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2010-12-05

めも 00:05

  • 曲データ
  • 新宿予約
  • 吉祥寺のあれ

22:53

 でもやっぱ違うなー

 不特定多数、不特定少数

 なんかしら出会いがあってほしいとは思う、出会い、化学反応、

 最終的に特定少数になってもいい? うーん

 限定的でありたくはない、、、、、分かる人がすくないように作りたくはない

 実物を作って頒布する行為にはどうしても「もっと沢山に届けるならネットで配った方が」と思ってしまう

 もっと沢山に届ける、のが正しいという想いは強い

 少数でもいいんだけど少数にすら届けられないのでは、という

 楽しさを求めるなら、ある程度の数に、手の届く範囲でよくて

 自分が可能なかぎり関わって判断すること、が、やりたいのなら、それ自体を仕事にすることが必要になってくるだろう

 良いものは評価される。良い、というのは、ある程度の数に評価されうる、ということ

 どれほど限定しようとも母数が50億の中なら何かしら当てはまるだろう

 なぜ、クオリティを求めるか?

 商売になるというのはクオリティのレベル要件としてわかりやすい。共通物差したる金を払ってもいいという判断を誰かがした。それは価値を作り出したということだ。仕事をしてお金をもらうのは価値を作り出すということだ。

 なぜクオリティを求めるのか? 先が見たいからだ。

名刺としての創作? 16:44

 何かを作るというのは大量の判断の積み重ねであり、被造物は自分の生き写しであったり子供に例えられたりする。

 Aボタンをボタン押している長さに応じたマリオがジャンプする高さへの反映は1ドット単位で意思決定があったはずで、すべての要素は考えつくされ、結果として魂が宿っている。

 里々は伺か的イベントにおいては名刺としての機能があった。あれは当時の私の諸々の思想を(現実的妥協も含めつつ)体現していた。

 今だとねー、某サービスの開発に携わっております、とは言えるんだけど、細かい部分にはもちろん色々判断が入ってるんだけど、トータルで意思決定してるわけではないのよね。んであの規模になると最上位から最下位までに同一人物が意思決定するということはありえない。それは、それで、集団による集団にしかできないこといいんだけれど。

 じゃあ名刺のために作るのかよ、というと、別にそれもナシではない気がする。生きるというのは数十年かけた名刺作りという側面もあるのだろう。「自分の名前に意味を乘せる」。

 仲良しサークルへの入場許可証みたいな扱いもありましたけどねぇ。それは、それが動機となりうるなら使ってもいいだろうと思う。でもそれだけだと魂こもんないよね。愛もいるよ。愛と寂しさがあればいいのかな。

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なにかください